娘が文学──とりわけミステリーという、薄暗くて、どこか湿り気のあるジャンルに興味を持ちはじめた最初のきっかけは、たぶん綾辻行人の『Another』だったと思う。
いわゆる“どんでん返し”タイプの作品で、読み進めているうちに、足元のタイルがひとつだけ静かにずれていた、みたいな感覚に突然襲われる。
物語の中心には、中学生の転校生の男の子がいて、
それと並行して、“存在しているのか、していないのか”判然としない、少し影の薄い女の子が登場する。
彼女は、風に吹かれるカーテンみたいに、そこにいるのにどこか掴みどころがない。
物語が進むにつれて、中学校では奇妙で説明のつかない出来事が起きはじめる。
人が死ぬ描写もあるし、そこそこグロい場面もある。
小学校高学年ならギリギリ読めるかな、というラインの内容だ。
──何を基準に“ギリギリOK”と言っているのか、自分でもよくわからないけれど。
とはいえ、作品全体を貫くのは単なる恐怖ではなく、静かな不穏さだ。
昼間なのに、なぜか電灯をつけたくなるような違和感。
綾辻行人の作品には、そういう独特の空気がある。
もちろん、内容に踏み込みすぎれば、物語の要になる“大事な仕掛け”を壊してしまう。
だから細部は語らないでおくけれど、娘は読み終わったあと、しばらくページを閉じたままじっとしていた。
言葉にならない余韻が胸の中に沈んでいたのだろう。
そして数日後には、彼女はもう次の作品を探し始めていた。
ミステリーというのは、知らないうちにじわじわと心に染みてくるものだ。
『Another』は、その最初の染み込みポイントになった。
その自然な流れの先に娘が手に取るのは、綾辻行人の超王道作品──『十角館の殺人』だ。
あの作品は、読者の“ミステリー観”を一度ひっくり返してから、そっと机の上に戻すようなところがある。
でもその話は、また次の機会にゆっくり書くことにしよう
