第173回の直木賞と芥川賞は、ちょっと珍しい回だった。
僕個人の感覚かもしれないけれど、「受賞者なし」という結果はやっぱり空気に軽いざわつきを残した。
その発表の前、候補作の中から一冊を選んで読んでいた。
青柳碧人の『乱歩と千畝』だ。
娘が以前、同じ作者の『むかしむかしあるところに、死体がありました。』をひどく気に入っていた。
だから今回は僕が選びつつも、「まあ、これなら娘も楽しめるだろう」と思って手に取ったところがある。
結果として、直木賞受賞には至らなかったが、ページを開けば、仕掛けの多い推理小説らしい楽しさが詰まっていた。
■ “もしも”の世界で、乱歩と千畝が交差する
江戸川乱歩と杉原千畝。
同じ時代に存在しながら、実際には出会うことのなかった二人。
その二人が「もし出会っていたら」という仮構からスタートするこの物語は、
史実と創作を縫い合わせながら驚くほど自然に走り出す。
乱歩の足跡、千畝の思考、その周囲で活動した作家や政治家たち。
それらをひとつの“線”にまとめる作業は、相当難しいパズルのはずだ。
けれど読んでいると、青柳さん自身がそのパズルをどこか楽しげに組んでいる気配があって、
その“楽しさ”がこちらにも静かに伝わってくる。
娘は、知っている作家の名前が出るたびに「あっ」と小さく反応していた。
もちろん、知らない人も多かったが、それはそれで新しい情報の“点”として受け止めていたようだ。
■ 名張で見つけたサインと、あとからつながる線
この本を買う少し前、娘と一緒に名張の乱歩ゆかりの場所を回ったことがある。
その道すがらふらりと寄った清風亭で、青柳碧人のサインを見つけた。
そのときは、ただ「来たことがあるんだな」くらいの感覚だった。
でも『乱歩と千畝』を読み終えて、サインの日付が令和5年だったと思い出したとき、
「もしかして、取材の途中だったんじゃないか?」と二人で少し盛り上がった。
読書というのは、ときどきこうして“あとから線がつながる”体験がある。
それが妙に楽しい。
